ビッグシューター(BIG
SHOOTER)1996年1月19日生まれ
1996年1月19日より1998年6月24日迄San Diego, CA.在住
1998年6月25日より大阪市生野区在住
2015年7月7日16:00頃、崩御。(19年169日)
この犬の名前は、1986年頃大ヒットした
作者がハマっていたパチンコ台「ビッグシューター」から命名されました。この犬種は、ジャックラッセルテリア(Jack
Russell Terriers) といって、当時、日本には個人輸入しかされてなかったらしく、普通の犬の本や雑誌では、なかなか載っていませんでした。世界の犬についての本なら載ってたかも、、、。
賢い犬として、マスクという映画に出ていたと思いますが、実際は、とんでもない犬です。本当は賢いのかも知れないけど、「ずる賢い」と表現した方が良いでしょう。超元気で室内で育てるには結構大変で、映画のようにおとなしくないです。ジャンプ力は、かなりのものでした。こいつは、120cm位なら助走なしで垂直に飛び上がれます。彼の体重は、20ポンド(約9キロ)です。夜の散歩の時はいつも、トレーニングの為、8ポンド(約3.7キロ)の鉄アレイを、首から引きずって火花を飛ばしながら走り回ってます。当時凝っていた事は、レーザーポインターの赤い点を人間がやめる迄半永久的に追いかけ回しています。結構楽しそうです。
去る1997年4月末、びっぐは床屋でショートカットにしてもらい、超かっこいい犬に生まれ変わりました。びっぐにとって初体験の事だったので、かなり緊張していました。
去る1998年6月25日、びっぐは故伝次郎の跡を継ぎ、日本のTK家番犬として日本永住の為、2年半のアメリカ生活を辞め、空路はるばるアメリカはカリフォルニア州サンディエゴから、関空に初上陸しました。12時間という長い一匹旅、そして2週間という長く苦しい検疫所生活にも耐え、翌月10日に晴れてTK家にやって来ました。最初の2,3日は環境の変化に戸惑いを隠しきれませんでしたが、徐々に馴染んできました。日本に来てからのびっぐは、アメリカ時代とは全く別犬になったようです。とてもとても、いい奴に生まれ変わりました。アメリカ仕込みの悪徳な諸行も殆ど皆無です。多分、日本のTK家特有の生活様式に馴染み、ストレスが溜まらなくなったからだと思います。ひょっとしたら故伝次郎に勝るとも劣らない、育て易い素質の持ち主かもしれません。ただ大胆さと脱走癖と鳴き癖と飛び跳ね癖は、治っていない様です。
ビッグの武勇伝
ある日友人のMW君が金丸家ガレージで、愛車シビックのボンネットを開けて車の修理をしていました。その時ビッグは、いつものように部屋で一匹でくつろいでいました。しばらくMW君が修理をしていると、ボンネットの支え棒がはずれて、ボンネットがMWくんの頭めがけて急降下して来ました。そしてMW君の頭に直撃してそのまま後に倒れ、意識不明の重体に陥りました。それを見つけたビッグは、その場の緊急事態を冷静に見つめ、且つ確実に救命処置を施しました。それは、MW君の顔を、MW君が甦る迄、一生懸命舐め続けました。その結果、MW君は無事九死に一生を得る事が出来ました。
ビッグ焼き鳥事件
去る2000年2月1日深夜、前代未聞の事件が発生しました。それは食卓にあった焼き鳥12本を、串ごと食べてしまいました。串の長さは一本15cm、全部で180cm。食べかけの残骸から、その内約93cmの串が胃の中に入ってしまった模様でした。ビッグの容態は、至って気にせず、ジャンプ力が少し落ちた様で、おなかはパンパンに膨れていました。でも何とかしないといけないと思ったので、先ず第一に大阪府堺市にある夜間救急動物病院に連れて行きました。その時は2000年2月2日未明でした。そこに着いたビッグは散歩と思い、楽しそうに興奮していました。そこで先生との相談で開腹手術をするか、吐き出すか、ウンチを待つか、の選択を迫られましたが、当のビッグはそんな事はお構いなく、病院の雰囲気の中で飛び跳ねたり、臭ったり、楽しそうに興奮していました。相談の結果、薬で吐かす事にしました。嘔吐薬を注射して約10秒後、計30cmもの串が出てきました。その中で一番長い串で12cm以上もありました。ビッグはその焼き鳥の殆んどを、飲み込んでいた様です。とりあえずその日は家に帰り、2000年2月2日朝に近くの獣医連れて行きました。そしてその日の夕方の胃カメラの予約を入れました。夕方胃カメラを飲まして、沢山の串を確認できました。胃カメラを出した後、また嘔吐をし、その時は約28cmの串が出てきました。翌日はウンチから約19cmの串、3日後は約4cmの串が出ました。結果的には3日で合計81cmもの串が胃の中に入っていた様です。残りの串はその後のウンチから排出された様で、大事には至らず、大変嬉しく思います。今回の事件を振り返って、飼い主の若干監督不行届き、迅速そして的確な判断と行動、ビッグの超犬的生命力の賜物であると信じております。
ビッグの晩年
2015年7月7日、16:00頃、ビッグは永眠しました。
19歳169日でした。
1996年1月、サンディエゴで生まれ,、約2年半、一緒に暮らしていました。
1998年夏以降、ビッグが日本に移住して以来、年に1-2度の帰省の時だけ顔を合わせるだけで、世話も実家任せになっていました。
いつも元気でハイパーなビッグに、ウザいと思いながらも、思い返せばかなり癒されていました。
2012年頃、16歳を超えたあたりから、足腰が弱くなり、耳が遠くなり、吠える事も減ってきました。
元々心臓の持病があり、物音に敏感に反応する事が心臓に悪影響だったのですが、耳が遠くなる事で、逆に穏やかな状態で生活できる様になりました。
2013年頃から、散歩や階段の昇降が困難になりだし、徐々に運動は、家の中でウロウロするだけになりました。
2014年頃から、ほとんど寝たきりになっていましたが、食欲も旺盛で、オシッコの合図も忘れず、気はしっかりしていた様です。
最後の数日は、具合が悪くなり、病院で点滴などを打ってもらっていましたが、迫りくる老いには逆らえませんでした。
技術的には薬で多少の延命はできるそうでしたが、ビッグの苦しみが長引く事を考え薬は使わず、最期はそのまま穏やかに眠る様に逝ったという事でした。
最後に会ったのは、2015年1月の帰省の時でしたが、普段は穏やかでも、時々苦しそうにしていて、見ている者としては辛かったです。
今は、ビッグが大往生できて、一安心という気持ちです。
ありがとう。お疲れさん。おやすみ。
ビッグの破壊記録
毎月数回は、カーペットにうんことおしっこをします。それ以外の記録です。
1996年度
夏
革ジャン:うんちまみれ、廃棄処分、TK所有
野生ネズミ(20センチ位):死亡、発見者:HA様
11月
財布:こっぱ微塵、廃棄処分、U部S子様所有
1997年度
2月
ダウンジャケット:小便まみれ、要クリーニング、O村S恵様所有
レーザーポインター:咬まれまくり、使用可能、TK所有
ビデオテープ:小便まみれ、廃棄処分、TK所有
こたつ布団:綿はみ出し、使用可能、TK所有
3月
サングラス:こっぱ微塵、廃棄処分、K藤Tかき様所有
革靴:小便まみれ、使用可能、O村S恵様所有
その後も相変わらずの暴れっぷり
伝説の「伝次郎」1987年春生まれ
大阪市生野区在住
1997年11月19日午前12:40頃崩御、享年11歳。
この犬の名前は、1980年頃大ヒットした吉本興業の舞台劇、「あっちこっち丁稚」の中で登場していた犬の名前から命名されました。 この犬種は、正真正銘の柴犬系と何かの洋犬系の雑種です。 伝次郎は千葉県生まれの大阪育ちです。 体重は推定15キロ位です。 彼は上で書いたビッグとは比べ物にならないくらい育て易い犬です。 家の中の物は一切壊しません。 しかし超臆病者である。
最終更新日:2015.7.9